私の『万象連鎖』。

 11月16日から秋・冬の展示会『心のゆくえ』(万象連鎖シリーズⅢ)が始まりました。そこで開催にあたって、何人かのみなさんにシリーズ作品の感想を訊きます。(「万象連鎖シリーズ」とは“つなぎ絵”のスタイルでイメージのままに作品を作り続けていくというものです。ちなみに現在、226点に及んでいます)

今回は、ボクネン版画のファン歴15年の奥原則子さんが登場。絵本の読み聞かせ、英語研究、地域活動家でもある奥原さんが興味深い感想を話してくれました。

BA(ボクネン美術館):『万象連鎖』は、すでにご覧になったことがあると思います。率直な意見を聞かせてください。

奥原:あのシリーズは最初の作品『一本の福木道』の木陰で休んでいる人、まあボクネンだと思いますが、あの人が空を飛び回り情景を写し取っていくというスタイルの作品群だと思いますね。

BA:なるほど、その発想は面白い。それで島の拝所、山、海、森を鳥のように俯瞰して眺めているというわけですか。

奥原:そうです。みなさん作品を難しそうに言うけど、そういう意味ではわかりやすいと思いますよ。

BA:はあ。そうですか。それでも森のなかに入っていって、いつしか黒い人間や霊のようなもの、獣なども出てきます。これはどう解釈しますか。

奥原:あれだって、誰でも夢などで見たことがあるんじゃないでしょうか。だから、『万象連鎖』は、ある不思議な想像力の世界という解釈でいいのではないでしょうか。ただ、やっぱりすごい才能ですよね。あの凄まじいイメージ力は。

BA:ああ、奥原さんの答えは明快ですね。わかりやすい。

奥原:うふふふふ、そうでしょうか。

BA:確かに夢に出てくる霊の世界という考え方で言えば、わかりやすいという気がします。でも神女やノロ、死界や魔界、死んだ動物・昆虫の世界などちょっと普通ではない“幻想画”というのも出てきます。ある絵では、犬に噛みつかれた人間が倒れている描写で“喰われる自由”というタイトルが出てきます。これについてはどう思いますか。

奥原:ああ、そこらへんの展開については作家の独創的な想像の世界ですから、なんとも言えません。ただ彼は“見えないものを見る”という“力”をひと一倍持ってますからね。見えなくてもイメージがあるんですよ、きっと。“喰われる自由”というのは、それが表現し尽くされているのでしょうね。まさに魂や前世の記憶なのかも知れません。

BA:確かに「世の中は見えないものより、見えないものの方がずっと多い」なんて作家は以前からよく言ってますね。

奥原:そうそう。なにしろこのシリーズは作家の特異な才能に違いありません。

BA:それではなぜ、その特異な才能は開花したのでしょうか。

奥原:はっきりとは言えませんが、ボクネンさんには自然や文化にすごい愛情があると思います。その愛情が100%煮詰まれば“時間と空間”を超えてしまうのではないでしょうか。そんな気がします。

BA:いやあ、奥原さん。実に独特な鑑賞眼ですね。勉強になりました。インタビューに応じていただきありがとうございました。(責了:當山)<掲載画『万象連鎖四拾六「喰われる自由」』1998年>