絵のなかへ。

 「海でね、“電気クラゲ”に刺されて、痛かったんです。とても痛かった」

ある鑑賞者が常設展示の『大礁円環』(1996年)の前でどこか痛がるような顔で話しています。そこで、尋ねてみました。

「そうですか。痛かったんですね。ところで、この『大礁円環』、畳12畳もあるんですよ。海のなかの魚がいっぱい描かれていますね。感想を聞かせてください?」

するとその女性、再びどこか痛そうな表情で「“電気クラゲ”はとても痛かった」を繰り返すばかり。

この鑑賞者は『大礁円環』の感想を“電気クラゲ”を通して話し続けているんですね。

 

美術館で鑑賞者のみなさんを案内する前に最初に話すのは「絵は決して勉強したり、学んだりするものではありません。ただ、鑑賞者の皆さんがそれぞれに絵をじぶんで味わい、じぶんで楽しむことが大事です」ということです。

最初に出てきた鑑賞者の女性は、海で“電気クラゲ”に刺された経験がよっぽど記憶に残っていたんですね。そんな彼女が『大礁円環』をみてそこに佇み、電気クラゲに刺された痛みを憶い出したことを懸命に話していたわけです。

絵は構図がどうの、色彩のバランスがどうの、テーマがどうのと言っているあいだは、まだその絵に辿りつけえてないのかも知れません。

鑑賞者の女性は体験として痛みを感じ、過去の思い出に浸り、じぶんの心と体に絵を引っ張ってきているのですね。

この女性が所属しているのは恩納村の「地域活動支援センターの“かがやき”」。来館者は17名さまでした。“電気クラゲ”のことを話してくれた女性のほかにも、ドキッとする感想はあとを絶ちませんでした。みなさん本当に絵のなかに入っていくように楽しんでいました。

すると鑑賞も最後のころになり、壁際にポツンと立っているひとりの男性が合図を送っています。

その男性、<もう、しゃべらないでください。シーッ!>とでも言ったように、口元にひと差し指を当てて、こちらを見つめています。

 こうなると絵の説明員は、もう話を止めるしかありませんでした。            <當山>