失ったもの。

 版画は不思議にいろんなことを気づかせてくれる画法です。すべて裏から、つまり反対から取り組んでいくんですね。つまり、頭を逆回転にしなければいけません。

版木では彫った線や面が白になり、彫らなかった線や面が黒になります。また絵の人物などに右を向かせたかったら、左向きに彫らなければなりません。さらに、裏手彩色といって版木に彫った絵を和紙に墨で刷り込み、それを裏返して着色するという技法もあります。決して正面から着色はしないんです。

版画は逆(裏)から攻めるやり方なんですね。

ところがこの複雑さや面倒さを幼児や小学生はあまり気にしないようです。彼らが素直に難なく“逆方向”をやってのけるのは、あまり考えすぎないからでしょう。

大人は、ここを向かせるにはあそこ向きに彫らねばならないとか、いちいち考え過ぎるから遅くもなってしまうし、またうまくもいかないのです。そして大人は上手に仕上げて誰かに褒められようとしますから、ますます素直な絵にはなりません。

確かに算数や国語系は大人になり次第に成績も上がるかも知れませんが、絵や音楽はこどものころの方がずっと優れているような気がします。

絵や音楽に限らず私たち大人は、だいぶいろんなものを失ってきたようです。<當山>

(掲載作品『島が見える緑門』2007年)