ボクネン ・インタビュー


—きょうは子供の絵をヒントにしながら、手の“自由性”について聴きます。

ボクネン  ふむ。今日はそこから入ってきたね(笑)。

—展覧会で作品裏や書籍にサインをするときがありますよね。あのとき、あなたはとても楽しそうです。まるで子供のようにね。手が喜んでいるという感じですね。

ボクネン  手が喜んでいる状態というのは、作家としてはとてもよくわかるなぁ。頭というより手が楽しんでいるんだね。それは、よくわかるよ。

—頭より手ですか。なるほど。サイン会の時はファンと一緒に楽しんでいる感じがとてもしますね。

ボクネン 確かにサイン会の時はとても楽しいね。

—  あの時間はとても特別な雰囲気があります。ファンもみんな子供のように楽しんでいる。

ボクネン 小さいとき、おぼろげながらだけどよくみんなと一緒に適当に形を描いてさ、それを象にするとかね、それがとても楽しかった。その頃のことはいまでもよく覚えているなぁ。それが君の言っているサイン会の時に僕が子どものようだったということなんだと思うよ。

—ふん、ふん。

ボクネン ところがさ。不思議なことに子供のころ、僕は一所懸命に絵を描いたっていう記憶がないんだよ。これがほんとに不思議なんだけど…。

—あれあれ、そうなんですか。

ボクネン ただ、近所のおばさんなんかに言わせると、画用紙がわりに肥料袋を使っててね。画用紙なんて高くて買ってもらえるもんじゃなかったから。その肥料袋を破りハサミで四角に切って画用紙にしてくれるのがおばさんだった。僕のために準備してくれてたらしんだよね。

—そうですか。

ボクネン それが3、4歳の頃らしいんだよね。僕はそのことをまったく憶えてないんだ。

—へぇ、そんなに小さい頃ですか。

ボクネン だけど、その肥料袋にもすぐに描き終えてしまうもんだから、おばさんに、もうひとつちょうだいなんて、ひっきりなし催促してたらしんだよね。その激しさがおばさんには、とても困ったらしんだよね(笑)。

—ああ、おばさんも大変だあ。(笑)

ボクネン だけど、その時の絵は一枚も残ってないんだ。

—うん、うん。

ボクネン 当時、石ごっころの上に紙を乗っけてさ、せいぜい書くものは薄い鉛筆。力を入れなくっちゃ描けない鉛筆だったんだよね。それで漫画なんかを描いていたんだ。その時、ごっこいが肥料袋の紙の上にいくつもできる。その石のごっこいがじゃましてうまく描けない(笑)。その石で苦労した感覚だけは記憶にあるんだけどね。

—それが絵を描いた記憶になるんですか。

ボクネン いやいや、描いている記憶というより、そのごっこいだけが頭のなかにあるんだ(笑)。それ以外は絵を描いたという記憶がほんとにないんだ。

—へえ〜。そうですか。

ボクネン  ただ、描きたいという欲求は、すごくあったんだけどね。その記憶だけはあるよ。確かに。

—はい、はい。

ボクネン その欲求がよみがえってくるのかもしれないけど、いまでも描きたい絵は自販機の缶コーラみたいにどんどん出てくるよ。奥にある缶は取れないけれども、手前にある缶はすぐに取れる。そのすぐに取れる感じがとても気持ちよくて楽しくなるんだ。

—はぁ、そうか。その手前の缶が取れる楽しさ、それが今日のインタビューで一番最初に話したサインを書く時の子供のような楽しさと同じなんじゃないかな。

ボクネン  あああ、そうだね。そうかも知れない。

— きょうはこれで終わります。(6月14日、読谷アトリエにて)