投稿日時:2014年07月03日(木) 10:42
おしゃべりQ館長 File 16
6月の29日、日曜日。ボクネン美術館において「ボクネンに聴くNo.3-アートの根っこを求めて」が開催された。今回のお客さんは画廊沖縄代表の上原誠勇さん。上原さんは、これまで「沖縄のアイデンティティー」と美術の役割についての企画展などを行なってきたひとだ。いわば、美術が社会や人間に対する位置性を、とくに沖縄においての「自立性」を標榜するディレクター。今回のボクネンとの対談もおのずと、上原さんの「沖縄を体現するアーティスト」としての視線がうかがわれた。
上原さんはボクネンが沖縄の他の作家たちと一線を画しているのは、「モダニズムに晒されていない」沖縄(伊是名)の表現者ととらえていることがつたわった。「伊是名の魂(言葉)」を作品に投影しているというのだ。それを聞いたボクネンは、絵は観る人のものだから「そうです」と答えざるをえないと笑った。
そこで上原氏は、対談の最後の方になるとディレクターらしい注文(お願い)を出すことになった。
「琉球の歴史をぜひボクネンさんに彫ってもらいたい。どうですか?」
「……いゃあ、僕の作品には順番というのがあって、そういうことはできないんです」
Q館長的には、まさにこのふたりの会話のなかに今回の対談の重要な要素が含まれていたようにおもった。
Q館長も度々、ボクネンには「テーマをもって彫ってほしい!」と何度繰り返して叫び続けたことか。なんと、今回、上原さんの上述の質問は、私のおもいと通ずるものがあったのだ。
しかしボクネンにとってすれば、テーマとは作品の創作のなかにすべて含まれているという。特別に決めることではないということになるのだ。作家は自然におもったとおりに作品を「取っていく」というのが、現在のボクネンの創作に対する姿勢なのである。
Q館長がいくらテーマを叫んでも、やはり作家はおもいのままに作品づくりに取り組むものかも知れない。このテーマ主義はあきらめるべきことなのかも知れない。
それでもだ。Q館長は、これからも飽きずにボクネンに「テーマをもって彫ってほしい!」と叫び続けるに違いない。