投稿日時:2010年12月24日(金) 14:14
万想連鎖 2
ボクネン版画に思いを寄せる全国の通信員たちの「声」を届けます。トップバッターは、福岡通信員の那和慎二さん。その20年来のファンぶりは、作家や作品の機微にふれ、思わぬ情報がいっぱいです。それでは、那和さんの『万想連鎖』シリーズをごゆっくりどうぞ。
万想連鎖 2 緑門をくぐって 那和 慎二(福岡通信員)
夜中に目が覚めて、豆灯りの下で初めて『緑門』を見たときのことが忘れられない。明るい光の中では、周りを縁取る緑門よりも、真ん中を抜ける空と海に自然と視線が向いている。しかし、豆灯りの下では、それが違った。周囲の緑の中から浮き出るように花たちが自己主張を始め、蝶が舞い立つように存在感を際立たせる。生命の息吹きが、むせ返るほどに匂い立ち、その場でしばし棒立ちとなった。その興奮を翌朝確かめようと緑門の前に立ってみたが、花や蝶は元通り、おとなしく緑門の中に潜んでしまっていた。人が寝静まった頃を見計らって絵が動き出したのである。
ボクネン美術館のオープンの日、期待と予感がなかった訳ではない。その企みの首謀者が現場にいないはずはないと踏んでいた。しかし、多くの来客や関係者の応対に追われているだろうから、遠目にその姿を見かけることができれば十分過ぎる幸運と決めていた。ギャラリーの皆さんに顔と名前を覚えていただいている幸せに、足取りも軽く2階に駆け上がり、ボクネン作品に浸った。『南の緑門』を見つけたとき、静かな興奮が押し寄せてきて、思わずその場にいた学芸員の具志堅さんをつかまえて、その朝、撮ったばかりの伊是名の緑門を見せてしまったのは、思い返せばいささか恥ずかしい。
1Fのギャラリーでは、必要なモノだけで満ち足りようとする日頃の心掛けをすっかり忘れて、手拭いだTシャツだと駄々っ子のように商品に手を伸ばし、さあ支払いを終えようとしていたとき。後ろの暖簾をくぐって突然、ボクネンさんは現れた。展覧会でもサイン会でもない、予定もしていない、予感がそのまま現実となった。さらには、一緒にお茶を誘われる望外の幸運が、突然転がりこんできた。
今ここに、こうして言葉を綴っているのも、そのときのボクネンさんとの会話がきっかけとなっている。以前、サインをいただいた折にも、感想を求められたことはある。しかし、思いはあっても、それを言葉にするのは難しい。まして作家本人から求められれば、それ相応の言葉を選びたいものだが、本人を目の前にして舞い上がっている頭ではいかんともし難かった。いわゆる感想文というスタイルではないが、自分なりの思いを自分なりの形で、作家本人に伝えることができるなら、それは、一緒にお茶を飲む以上の幸運である。(続く)[本文掲載版画『南の緑門』2006]