行きはよいよい、帰りはこわい。

 8000メートル級の山をいくつも登ってきたベテランが、ある山を目の前にして天候不良のため断念したそうです。それも天頂までのわずかばかりの距離を残しながら。

そして、その登山家は再びその山に挑戦し、ついに登頂を成功させました。すると、その登山家、意外なことを言ったのです。「私が再度、挑戦したのは帰り道のためでした」と。その登山家が続けて言うには、「山は行きと帰りで、合わせてひとつの完成です。そのどっちが欠けてもダメなんです」と言うんですね。確かに、行きと帰りは必ずあります。登頂に成功し終わったと思い込み、帰りに気が緩んで事故を起こすかも知れません。

そう言えば、書道の大家が「字と周囲の空白部分のバランス」を考えながら書くというのも、この「帰り道」(書が完成したときのイメージ)を頭に描きながら書いている気がします。

確かに「行きはよいよい」だけで、目的(地)だけにこだわりすぎるのは、全体(行きと帰り)のバンランスを欠くことになりそうです。「泰然自若」(たいぜんじじゃく)。なにごともいつも落ち着いて最初から最後までじっくりやることに越したことはないようですね。(掲載作品『泰然自若』2016年)