船になったみやらび(娘)。

 琉球王国の時代ですから16世紀から17世紀にかけてのことです。王国から赴任してきた離島・先島の役人が、現地で気に入った“娘”を3年ほどのあいだ現地妻にしたという話が残っています。

 もちろん、数年でも高級役人の傍にいて贅沢に暮らせるということで現地妻になった“娘”もいますが、なかにはその強制をよしとしない女性もいました。もちろんですよね。その現地妻を拒否した女のひとは、山を逃げ惑ううちにかわいそうにも死んでしまいます。

 しかし、その死体の片目から木が生え、片目からは根が生えて大木に成長したというのです。この大木がりっぱな船の木材になったというわけです。そして、この話が元になってある伝説が生まれました。そして、その伝説は、やがて歌になって先島・離島で歌い継がれていったのですね。

 ある“娘”は歌詞のなかでどうせ死ぬのなら、あのとき現地妻になっていた方がよかったと後悔し、役人側は完成したその船を見て美しかった“娘”を思い出すします。確かにこの話は美しい伝説になっているのかも知れません。

 しかしこの話には腑に落ちない所もないではありません。つまり、不幸にも役人のわがままで死に追いやられた“娘”の弔いの言葉がありません。役人たちは反省もしていないのです。

 ただ「船の姿を後ろから見るとマッサビ(死んだ女性のこと)の白いお尻のようであり、前から見ると白い美しい顔のようだ」と言い、全然悪びれるようすもありません。この話は“娘”にとっては悲劇になり、役人にとっては自慢話にしかなっていないというわけです。

 この物語は“娘”にとってとても残酷な話なんですが、それが歌の後半では役人たちの武勇伝みたいなムードになっていきます。この役人たちの浅はかな話ぶりこそに、もっと深い悲劇があるような気もします。

 さて、ボクネンは1991年にこの伝説をモチーフにして、『船になったみやらび(娘)』(30.0×45.6cm)を彫り上げています。それが上に掲げた作品です。