投稿日時:2015年06月01日(月) 14:55
万想連鎖35
ボクネン版画に思いをよせるファンの声を届けるコーナーです。長年の観賞歴が作品の機微にふれていて、味わい深い文章を織りなしています。通信員が発見するボクネンの魅力をお読み下さい。
万想連鎖35 梛
那和 慎二(大阪通信員)
「梛」に出会った。梛(なぎ)という木。この世に半世紀以上も生きていながら、ごくありふれたその木の存在を見ることも、名前すら聞いたこともなかった。字面を見れば直ちに親しみを覚える。偶々訪れた京都は哲学の道の入口にある熊野若王子神社に御神木としてある梛と対面し、初めてその存在を知った。梛は海の凪に通じることから、平穏無事を祈る思いが託されるのだろう。古来よりその葉はお守りとされてきた。また、その葉のちぎれない丈夫さに良縁の願いが込められる。まさに、自分にとっての守護神とも言うべき木が、 突然、目の前に現れた。
かつて屋久島永田浜で偶然見つけて助けた海亀。沖縄在住の頃、那覇三越で偶然迷い込んだボクネン作品の森。今回もまた偶然の出会いによって、人生が導かれていく。紀伊半島の南端、新宮市の熊野速玉大社には、樹齢千年の梛があると聞く。近々会いに行くことになるだろうその梛の巨木。人間とは違うスケールで同じ地球に生きるその梛の木は、私に何を語りかけてくるのだろう。どんな対話ができるのか、そのときを楽しみにしたい。
そして、その千年の梛は、沖縄と繋がっている。熊野速玉大社公式サイトによれば、沖縄と熊野は琉球王朝時代から縁が深く、波上宮、普天間宮、沖宮、末吉宮、天久宮、識名宮、金武宮に熊野速玉大社の御分社が祀られている。また、四十年以上前に、ある篤志家の手によって、千年の梛の種から育てられた苗五百本が沖縄県下の学校へ植樹されたらしい。沖縄北部・中部・南部農林高校では、成長した梛が確認されているという。ウィキペデイアで見る南部農林高校正門付近の写真に写っている木は、梛ではないだろうか。いつか現地に行って確かめてみたいものだ。
フクギ、眼鏡木、アダン、蘇鉄、モクマオウ、ガジュマル、イジュ、千年木、デイゴ、クロトン、散無空花、松、桜、梅。ボクネン作品に埋め込まれた無数の樹木の中で、私が判別できるものは数限られる。樹木の名前は、人間が勝手につけたもので、木々が自称するものではないが、同じ地球に生きる仲間として、もう少し判別をつけて名前を覚えたい。そう思いながらも時は過ぎて行く。
さて、「梛」はボクネン作品のどこかに潜んでいるのだろうか。南西諸島も分布域とする「梛」。沖縄のどこかで自生する「梛」が、ボクネン作品の森の中にもきっと存在するのだろう。例えば、巨大な深遠響森の画面を埋める緑色の中に、まだ見たことがない数多くのボクネン作品の中に、そして、これから生み出され続けるだろう作品群の中に。若王子神社で手に入れた御守の中にある一枚の梛の葉が、きっと新たな結びつきを作ってくれるのだろう。