投稿日時:2011年10月20日(木) 11:53

おしゃべりQ館長 File 02  

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〜タケシとボクネンの『アート回路』〜

 昨日の1019日、BSプレアム『たけしアート☆ビート』のボクネン編が放映されました。私は撮影収録の現場にいましたから少し感じたことを書いてみます。とくにタケシとボクネンの『アート回路』について考えてみましょう。

「版画ってまるで子どもがどろんこに手をつっこんで、そのなかから探しあてた宝物みたいなものだな。あっはは」

ボクネンの版画制作の現場をみたタケシのひとことがアトリエに響きました。版画が制作者の予想を裏切ることと、あらたな発見を自分自身でさがしあてることをよくいいあてた言葉だと思います。このあたりがタケシの感性の鋭さという気がします。

「版木から紙をはがすときの気持ちはなんとも言えないね。なんだかうれしくなっちゃうよ。このうれしさはなんだろね。これがおもしろくてボクネンさんはやってんだな…」

「うんうん」とうなずくボクネン。ここまでは版画が制作者の意図をくつがえすことについて興味を感じていたタケシでした。しかし、そのあとタケシはもっと興味深いことを口にします。

「版画は刷り上がった作品が自分に向かって、”ほらっ、これがあんたのつくったものだよ”って言ってる気がするなぁ。作品が言うんだよ”これが、あんただよ”ってね」

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 この言い方にはタケシの映画づくりなどに関する「哲学や思想」があるように思えます。そう言えばタケシの映画も「予想をくつがえす発見」の連続です。そして、そのつくり終えた映画が「ほら、これがあんたの映画だよ」と、タケシも作品に言われているんじゃないでしょうか。つまり作品は完成したあとに作者に語りかけてその正体を表わすのですね。そして、作家はそこで思いも寄らぬ自分を発見するのだと思います。

 タケシは作品における「自分の発見」をボクネンのアトリエで、ふと感じていたような気がします。そしてその思いも寄らぬ「自分の発見」が、ふたりに共通する「アートの回路」だと感じました。(當山)