投稿日時:2011年06月10日(金) 17:24

万想連鎖 8

風の島からファサード2

 ボクネン版画に思いを寄せる全国の通信員たちの「声」を届けます。トップバッターは、福岡県の那和慎二さん。その20年来のファンぶりは、作家や作品の機微にふれ、思わぬ情報がいっぱいです。それでは、那和さんの『万想連鎖』シリーズをごゆっくりどうぞ。


 万想連鎖 8 想いは辷る

 那和 慎二(福岡通信員)

  もう10数年前の熊本在任中、沖縄絡みの仕事を作り出して、なんとか沖縄出張にこぎつけた。沖縄を離任してからも年に1度は沖縄に行くチャンスを窺っていたのだ。たまたま、行きの全日空便で機内誌をめくっていくと、名嘉睦稔特集が組まれていた。その幸運を自分だけにとどめておくことができず、気がつけば、隣席の同行者をつかまえて、ひとくさりボクネン談議を聞かせていた。その知人は、棟方志功との共通点を見出して興味を示してくれたので、話は益々、熱を帯びていたのだろう。後日、お話を聞いてもらったお礼におボクネン絵葉書を出したと記憶している。その後、熊本を離れて何年も経った頃、その方から、その日の機中での私の語り口を懐かしむ便りをもらった。

 さらに何年かの後、上京する折に明治神宮での「名嘉睦稔版画展〜命の森〜」を見に行くという連絡があった。そして、京橋のギャラリーにも立ち寄り、その心づもりであったのか、それとも、作品を見ているうちにたまらなくなったのか、その場で『辷る』を購入された。後日、そのいきさつを報告いただいたのだった。随分以前に、たまたま隣り合わせたことから話が弾み、長い年月が流れて、ボクネン作品の購入にまで結びついたことが嬉しかった。その絵は、そのご夫妻の寝室を飾っているという。ならば簡単に見せてくださいと言えないところが残念と言えば残念ではあった。

KK8.jpg

 どんな作品だったのか気になっていて、後の機会に京橋のギャラリーを訪ねたところ、スタッフからたちどころに、その知人の名前と作品の画題が出てきたのには舌を巻いた。おまけに作品のデータをカラー印刷までしていただいたので、現物には及ばないだろうけれど、初期の頃の作品が持つ力強い濃厚な温かみが伝わってきた。矯(た)めつ眇(すが)めつそのコピーを見たので、作品の現物を見たような気にさえなっていた。 

 さて、ボクネン美術館開館の日。私は、展示作品に中に『辷る』を発見した。その作品は、他の作品群の中で、隠れるでもなく、出しゃばるでもなく、その日に当然、巡り会うべくして会うとわかっていたかのように、気がつけば、私の目の前に「いた」のである。膨大な作品群の中から選ばれて開館日の壁面を飾った作品たち、その中に「辷る」が入っていた。ギャラリーで、展覧会で、また、「美島」や「うりずん」や「那覇空港ANAラウンジ」などで、できる限り作品本体に向き合いたいと思っているが、その想いを果たせるのは、ごく一部の作品に限られる。『辷る』とは得難い機会を得ることができた。

 沖縄在住であれば、美術館の作品が入れ替わるたびに見に行くことができるのだが。もっと周りにボクネンファンを増やして、購入した絵を見せてもらうという手もあるにはあるなあ。  (掲載作品:『辷る』1993)