投稿日時:2011年02月09日(水) 14:53
万想連鎖 4
ボクネン版画に思いを寄せる全国の通信員たちの「声」を届けます。トップバッターは、福岡県の那和慎二さん。その20年来のファンぶりは、作家や作品の機微にふれ、思わぬ情報がいっぱいです。それでは、那和さんの『万想連鎖』シリーズをごゆっくりどうぞ。
万想連鎖4 亀と目が合う
那和 慎二(福岡通信員)
ああ、この作品はいいなあ、手に入れたいなあと思ったからといって、その作品を買うわけにはいかない。まず、お金がない。ちょっと見栄を張って言えば、お金がないわけではない。しかし、買っても飾る場所がない。どこにでも掛けておけば良いはずはなく、作品は場所を選ぶ。狭い住居では数点飾るのがせいぜい。では、飾る場所とお金があれば、欲しいだけ買うのだろうか。所有したいという気持ちと、それが自分と作品にとって良い選択かどうかを考えることがある。
東京・京橋のギャラリー。上京の折には、できる限り時間を作って立ち寄るようにしている。いつも、今日はどんな作品に出会えるか、わくわくした気持ちを楽しみながら階段を降りる。たまにカタログや一筆箋を買う程度ではあるが、気さくなスタッフのみなさんとのボクネン談が、また楽しい。
そこで出会うボクネン作品に心動かされ、欲しいという気持ちが湧いてくることも、しばしばあった。例えば、そのサイズをはみ出して壁面に光がこぼれだしている、30枚目の『降臨闇夜』だったり。気がつけばその水流の中にワープしてしまいそうな、額装前の15枚目の『流廻』だったり。その1枚をもって絶版となる作品を前に心は揺らいだが、本当に欲しいのか、という自問の前に購入を見送っていた。それは今も正しい判断だと思っている。
ところが、あの日、あの階段を降り、ガラス扉を抜けて壁を右に回りこんだとき、正面にかかる絵のなかの目、海亀の目と自分の目とがぴたりと合った。今にも画面から飛びださんばかりの真正面を向いた海亀。ボクネン作品の中であまりその存在に気づくことがなかった海亀が、しっかとこちらを見つめている。それはもう、必然の出会いであったかのように。その絵が欲しいとか欲しくないとか、お金があるとかないとか、飾る場所がどうとか、そんな判断基準はどこかに消えて、その場で『波産玉』の購入を決めていた。サイン横には1/30。その数字は、その絵が来るべくして自分の手元にやってきたことを示しているように思えた。
1/30の『波産玉』。生命の根源を生み出した波しぶきの中から、躍り出た海亀の上に立ち現れた3体は女神か。その両脇に邪悪な存在感を放つ2体は何者だろうか。万物の創造自体に説明はつかないのだから、頭の中に湧き出るイメージを切り取ったボクネン作品に説明はつかないだろう。いつか、思い当たる日が来るのかもしれない。
さて、この『波産玉』には、思いもよらない後日談がつく。(続く) [掲載作品『波産玉』2005年大角]