投稿日時:2016年02月16日(火) 16:15
ギャラリー散歩
このところボクネンが「富士」を彫り続けている。「取るものを順序よく取らなければ、次の作品に向かえない」というなかで、これらの「富士」が次から次へと彫られているのである。
ちなみに来月から始まる『神々の山』展(3月26日〜7月10日)にも備えて彫っているのである。
さて、そのひとつである『青峰富士』という作品をみなさんに紹介しよう。私がまず驚いたのは、「目に入ってくるインパクト」の強さであった。ボクネン作品で、“立ち上がり性”の迫力に圧倒されるのは、これまで変わらないが、ここで注目されるのは、その“立ち上がり性”に秘められた構造である。
この作品で、ぼくが感じたとりあえずの3点を話してみよう。まず第1に、これまでの富士は、富士(第1対象物)そのものが前面にせり出してくるというものであったが、今回のこの『青峰富士』は、対象物(富士)をけっこう後方に引いて描いているのである。これはこれまでになかったようにおもえる点だ。
そして2番めは、対象物の周囲にあしらわれた模様が、これまで以上に細かく綿密にしかも丁寧に描かれていることだ。ぼくは、この模様の意味を以前に時の流れである「時間の象徴」としてとらえてきた。つまり、この作品は「時間の流れ、動き」をもっともよく強調している。
そして3番めの感じた点は、何と言うのだろう。全体に被われた“柔らかさ”である。この“柔らかさ”は特長的にしかも深くこの作品に出ているようにおもう。これまでは作品において“荒々しさ、大胆さ”がボクネン作品のひとつの特徴としてあったのだが、この『青峰富士』では、整然とした“柔らかさ”がしっかりと彫られているのだ。
さて、まだぼくの直感的な観方に過ぎないが、あきらかにこの作品は、ボクネン作品の新しい表情を見せていると言えるだろう。その奥にあるのはなにか。ぼくがおもうに、ボクネンは作品の意図を外に出して行く手法から、じぶんの内面に向かっていく手法により向かっているのではないだろうか。不思議なことは、作家が内面に向かっていながら外面に出す作品より、もっと“立ち上がり性”を出しているという点だ。これは注目するべきものだとおもう。この作品のことを約めて言えば、““立ち上がり性”と“保蔵性”(作品の内に込められている思い)がしっかりと融合した作品なのである。
最後に、この作品『青峰富士』のもつ新しさを言うと、“立ち上がり性”と“保蔵性”、そして“時間の流れ動き”を生き生きと描き出している点にある。