愛媛展、彫り下し作品から。その2

 愛媛展、17日目が過ぎました。遊子小でのワークショプの盛り上がりで、この2、3日、中学校や高校の生徒たちが、団体で鑑賞され盛況のようです。

 さて、現地で彫り下ろした作品から、今回は『星降る段畑』(2017年、62×49 cm)を紹介しましょう。いつも感じるのですが、ボクネンはどこの位置からこの作品を描いているのだろうという不思議です。以前に、吉本ばななさんが、「ボクネンさんの絵は、3次元だもんね」と言ってましたが、まさに私の「描き位置」の疑問を解いてくれているようで、目からウロコが落ちるおもいでした。

 ところで、この上掲の作品も、人間の目線の位置から描かれているようにはおもえません。そういえば、最近のインタビューでボクネンは、「自分の身長の15メートル上から描いてるから、長い脚立を準備しないとこんな光景はちょっと見れない」と言っています。とすると、この『星降る段畑』もだいぶ上に目を置いて、描かれていることになります。

 さて、どうしてボクネンは「在り得ない位置から」描くのでしょう。私がおもうに、それは描く「対象」をもっと、こころに感じてほしいからではないでしょうか。それとともに、その「対象」の目線をずらすことで作品をもっとイメージ化、象徴化することにもなるとおもいます。この作品の段畑も、作者が現実のカタチをみて、こころに響いた「おもいの存在」としてあったはずです。

 この段畑の造形が、ボクネンのイメージの「象徴」と なったならば、私の場合は、夜空(宇宙)へ飛び立つ寸前のロケットのように感じられてなりません。つまり、段畑にはそのような「宇宙」を想像させる、造形の力があるようにおもわれます。そして、ボクネンが忘れていないのは、この夜空が宇宙だとしても、そこは“ファンタジック”な場所でなければならないという強いおもいを感じます。

 つまり結論を言えば、“段畑”という古代人にもつながる造形の美しさは、“宇宙”に存在する未来人にも共鳴するものと言えるのだとおもいます。

※同展示会は、愛媛県美術館(松山市)で5月7日(日)まで。