ギャラリー散歩

ギャラリー散歩11

 期せずして大震災の5年目の3月11日に、ボクネンの新作『泰然自若』(上載の絵)を観た。黒と青が織りなす富士である。直感的に思ったのは、この絵がストーリー性を内包しながらもなにかを訴えているということであった。例えばこの山の上辺が「老境」だとすると、下辺部は「胎児期」、そして真ん中あたりの雲は、現在の作家自身である。作家は、いま「老境」と「胎児期」をどちらも見渡せる位置にいるわけだ。そして作家はよく作品に登場するこの「雲」のことを不気味な存在と言ってはばからないのであるが、そういうことで言うと、ぼくはまさにこの「雲」自体が今の作家の状態を表わしているようにおもう。つまり、作家はじぶんのことを「不気味」な存在として「雲」を描いていることになる。そして山の右斜面を見てみよう。なんだか人間がなにかを抱えて山を懸命に登ろうとしているように見えないだろうか。ぼくは、この部分が「シーシュポスの神話」のイメージ像に見えて仕方がない。つまり、岩を何度山頂に運んでも落ちてしまうという同じ動作を繰り返すシーシュポスに見えるのだ。この絵は、人間の一生を俯瞰的にとらえると同時に、いずれは人間は死して水泡に帰すのだが、それでも生き続けるというひとの運命も内包しているように見える。