投稿日時:2011年11月24日(木) 14:49

おしゃべりQ館長 File05  

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Flower Matrix

2011年11月17日の夕方。ボクネンの最新作を目撃というか、とにかく観ました。ほぼ正方形の作品で183.0cm、横182.5cm(和紙、木版、手彩色)です。タイトルは『月下美人乃花滝』。『桜乃花滝』(2008)、『梅乃花滝』(2008)、『伊集乃花滝』(2011)、『想思樹乃花滝』(2011)と続くいわゆる「花滝シリーズ」の5作目ということになります。

3年前から始めたこのシリーズは、いわゆる鑑賞者の目線(視線)に「ゆらぎ」を覚えさせるもので、私はこの傾向を「超視線」という言葉で理解するようにしています。「桜」と「梅」は五月雨のような縦線、「伊集」は中央に収斂するような線の蠢きといったような表現に変化しています。これは垂直軸から中央に吸い込まれていくような変化がみて取れます。

そして「想思樹」は「伊集」の収斂構成からふたたび垂直軸を左右に置き、2極化へと変化させています。「想」が2極と関連づけられるところも興味深いところです。この2極化はいわば、なにかの誕生を匂わせる前の「悪阻」の運動を感じさせます。それにしても、左右上方に配置されたV字型の空はなにかを象徴させている記号のように思えてなりません。

さてこれらの「花滝シリーズ」少し整理すると、「縦軸構成→収斂構成→2極構成」へと移行していることがわかります。この移行は作家の「外からの視線」から「内からの視線」へと視線の位置を変えたように思えます。

そして、今回の『月下美人乃花滝』。作品は全体に「月下美人」が配されていますが、これが縦横整列するように規則正しく描かれています。いわゆるマトリックスと言いますか、配列というような、なにかの回路網のように私には見受けられました。「月下美人」の葉がカマキリの腕のように、あるいは鎌のように揺れているような感じです。つまり整然と「月下美人」たちは並んでいるはずなのに、言わば静的な構図であるはずなのに手を振っているような、踊っているような「賑わい」を引き立たせているのです。

これは、どういったことなのでしょう。「整然」としているのに「動き」があるのです。つまり「月下美人」の集群たちは全体では「静」であるのに、各個的には充分な動き(エネルギー)に満ち満ちているのです。言ってみればこの作品には「動」と「静」が渾然一体となって集群していることになります。

「動」と「静」。「ない」のに「ある」世界。つまりひとつの方式を拒否する形が表れていると言わなければなりません。

別の言い方をしてみましょう。つまり、今回の『月下美人乃花滝』を1987年の初期作品からの作品史を辿りながら見てみましょう。

作家は1987年に『闘鶏』を発表し、その垂直軸のエネルギーをいかんなく発揮しました。その垂直軸は作品の上部の赤を吸収し、さらに闘鶏の胸の曲線も垂直軸に取り入れ垂直軸のパワーを確立しました。しかし1998年には『焰』という作品で大胆に水平軸を取り入れた作品を発表。これは一応の水平軸ではなく「動く水平軸」あるいは「不安定な水平軸」なるものを表現したように思えます。そして2002年の『焰舞』や2006年の『北帰行』では、水平軸と垂直軸を渦によって混合させ「動き」のみに作品のモチーフを求めているのがわかります。

そして今回の『月下美人乃花滝』です。この作品も『焰舞』や『北帰行』のように水平軸と垂直軸を消失させていますが、この消失の方法がまったく違うのです。つまりマトリックス風な格子状には、水平軸と垂直軸が「ある」のに「ない」ということになります。この作品は「無」と「在」を自在に往還しているのではないでしょうか。

この作品で近いものと言えば、『森を登る月』(2006)に近い思想的モチーフをもったものがあります。ただ『森を登る月』は都市と自然のストーリーがあり、『月下美人乃花滝』に比べてテーマ性が全面に出た作品と言えます。そのぶん『月下美人乃花滝』はストーリー性を薄めることによって「存在」自体の表現を獲得しているように思えます。

私たちは絵画をある環境に従属させ過ぎている嫌いがあるのではないでしょうか。つまり私たちは「重力」や「引力」に縛られるあまり、この「無」と「在」が集群する形態に気づかなかったのではないでしょうか。

ちなみに「月下美人」の繁殖は挿し木的な要素があり、つまり遺伝子的に花たちはみな同一だと言われるそうです。花が咲くときはほとんど同じ時期に咲いて散るのです。言わば「月下美人」の集群は「個」でありつつ「集群」であり、「集群」でありつつ「個」であると言えます。

私がこの作品『月下美人乃花滝』を「フラワー・マトリックス」と呼ぶゆえんです。そして、この『月下美人乃花滝』は「花滝シリーズ」における制作段階の位置で言えば、「縦軸構成→収斂構成→2

極構成→回路構成」の4段階目になることがわかると思います。

ボクネン美術館館長 當山 忠

OQ5.jpg『月下美人花滝』